空気がふるえると

今日はもびから出る音についてお話します。

今夏の急な坂もびに、初めて参加してくださったMC.sirafu さんが「もびの空気」をご紹介くださったので、この機会に少しだけ。

sirafuさんは「片想い」というバンドで活動されています。

*****
もびと子どもたちの活動を「音だけ」でみなさんに聞いていただくことは、多くはなかったように思います。

音を奏で、からだを動かす今に夢中になることを大事にしたいという気持ちが強く、形にすること自体にこだわることは、積極的にはしてこなかったからです。

私が個人的に大事にしているのは、その場でどんなことをするか、子どもももびも、一人一人が「選んでいる」という人のあり方です。それは、何かの出来上がりのために全員で動いていくこととは少し違っていて、「そのままの自分」や、「やりたい」とか「やりたくない」なども含めた人の気持ちにピントを合わせている、ということなんだと思います。
様々な人の「あり方」の中で、自分がどうあるか、改めて考えていく、または反応していくワークショップにしたいなと。なんだか言葉にすると当たり前のことですね。
もびでは、何か起こっていてもいいし、目に見えて起こっていなくてもいい、というのが今までの考えです。

最近は「変身!」にも少し興味があるのですが。
あるいは「なってみる」とか、「気づいた後の自分」は何なのかとか。
人の言葉をお借りすれば、「メタモルフォーゼ」とも関係あるのでしょうか。
これらは、「遊び」から「想像/創造」へと続くこれからの課題として、大事に考えていきたいことです。

sirafuさんは、もびは空間なんじゃないかとおっしゃっていました。
私は、もびは人間関係だという意見に賛成で、だから、どんなふうに場所をずらしても(もちはこんだり、でかけたりしても)、空間が出来上がっていくんだと思っています。

*****
ところで、音を形に残すことに関して、一つ思い出すことがあります。2008年8月、「つなげラジオプロジェクト」という、日本に暮らすブラジルと朝鮮の子どもたちの交流会に参加した時のことです。こじまラジオさんのご協力のもと、校内で聞けるラジオで、もびと子どもたちの活動の様子を流しました。
中庭でお昼ご飯を食べるとき、初めて会う人と過ごしたほんの少し前の時間が、ラジオにのってかすかに聞こえてくると、ふわりと時間をさかのぼったような、懐かしい気持ちになりました。

録音したものを聞くと、記憶がよみがえってくる、あるいは思ってもみなかった音が見えてくることがあります。音を出すその時点では、自由であったり、のびのびとコミュニーケションしていたりしながら、切り取ることで音楽になったり、時間が層になったり、後で発見もできたりするのが、録音のいいところ。

*****
一方で、生の音(その場で聞こえてくる音)が対象化されると、人間関係を増していくこともあります。
2007年のこども環境学会で、訪れた子どもたちが遊ぶ託児スペースに、もびが音をつけたことがありました。子どもたちは遊具で遊んだり、音が聞こえてくると(楽器を演奏する人がいると、と表した方がよいのか分からないのですが、たまたまその日は、音が聞こえない、聞こえにくい子どもたちがたくさん集まっていました)楽器にとびついたり、遊びと演奏が入り混じった空間がたち現れて、その場特有の音が、おいしそうな匂いのように、人を導いていました。

これもとても当たり前のこと。

*****
次の小学校ワークショップ、もびメンバーの中に、「音をつかまえる」ことが視野に入ってきているようです。

とりとめのない日記になってしまいました。
それではまた。
[PR]
by mobikki | 2009-10-02 12:28 | にっき